大阪高等裁判所 昭和25年(ネ)85号 判決
控訴人は、原判決を取消す。被控訴人等の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とするとの判決を、被控訴人等は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、被控訴人等において、自作農創設特別措置法施行規則(以下自作法、規則と略称)第七条の二の三は、無効な規定である。
すなわち、自作法は、その第一条で明かなように、耕作者の地位を安定せしめるため、「自作農を急速且つ広汎に創設」し「農業生産力の発展」と「農村に於ける民主的傾向の促進を図る」にある。そしてこの法律の基本的立場は、昭和二十年十二月九日の、連合軍司令部の農地制度改革に関する覚書にある。
この覚書による要請に応じて、自作法は自作農創設主義をもつて、貫かれ、広汎(同法第三条、第六条)且つ急速に(同法施行令第二十一条)、自作農を創設しようと意図されている。しかして自作化から除外される場合は、同法第五条に規定があり、この規定によつて除外されないものは、買収して、自作農化すべきものであつて、自作農化するため買取した農地を、非自作農化するため、時をかせぐ売渡保留制度は、法の精神に反することは明白である。
しかして法第十六条は右規則の根拠となるものではない。同条は買収した農地並に政府所有農地を、命令の定めるところにより、その買収の時期において、当該農地につき、耕作の業務を営む小作農、その他命令の定める者で、自作農として、農業に精進する見込のある者に、売渡すことを規定しているが、前の命令は売渡面積や、対価に関するものであり、後の命令は、売渡の相手方を定めるものであつて、これによつて、売渡の時期、すなわち五年間売渡を保留することができるという根拠とすることを得ない。したがつて右規則は自作法の精神に反するのみならず、自作法にその根拠となるべき規定を欠き、無効といわねばならぬ。
又控訴人は右規則による指定は、売渡の保留のなされる可能性を設定するにすぎず、指定自体は売渡保留処分でないから、これによつて、売渡を受ける権利のある者は、直接その権利を侵害されるものではないと主張するけれども、指定は特定の農地についてなされ、指定農地について、売渡計画を立てても、否認又は握りつぶされるばかりでなく売渡済の農地さえ、その売渡が取消されているのであつて、未だかつて、売渡保留なる独立の処分がなされたことはないし、法律上もかゝる独立の処分をなすべき規定はない。そうすると、もし控訴人主張のように、売渡保留処分によつて、初めて、売渡を受ける権利のある者が、直接その権利を侵害されるものとすれば、結局その救済を求めることができないこととなる。現に昭和二十二年十一月二十六日付二二農政第二四六〇号「土地区画整理施行地区に関する自作農創設措置法第五条第四号の指定基準等に関する件」によつて、規則第七条の二の三の売渡保留自体も、知事が決定することとなり、本件指定も「売渡を保留することができる」とせず「売渡を保留する」としている。以上要するに、右規則による指定の違法なるときは、直接に、売渡の相手方たる者の権利を侵害するものであるから、本件知事の指定の無効確認を求める趣旨で、その取消を求めると述べ、控訴人において、規則第七条の二の三の指定は、行政処分ではないから、取消訴訟の目的とならないものである。右指定は売渡を保留しうる農地の範囲を示すにすぎないのであつて、農地改革を農民自身により民主的に選出された、農地委員会という機関によつて、行わしめるという立法の精神からすれば売渡を保留するというのは、関係農地委員会がその決議により、売渡計画又はその承認を保留しておくという意味に解さるべきである。このことは右指定を法律をもつてせず、省令で定めている点からしても首肯できる。したがつて右指定により直接売渡の相手方となるべきものの買受権を侵害するものでないから行政処分とは、いい難い。
又右規則に売渡を保留するとある意味を、自作法全体の精神から、論理的に解釈して見ても、知事の指定が直ちに売渡保留を意味するものでないことが知られる。すなわち、売渡を保留するというのは、売渡を一定の期間内(五年間)延期することであるが、この延期をする主体は、あくまで売渡をする権限を有する者でなければならない。しかして売渡の権限を有する者は政府(国)であるが、政府はこの売渡なる作用を、各段階に分けて、市町村農地委員会、都道府県農地委員会、及び都道府県知事の三つの行政庁にその権限を分担させ、市町村農地委員会による売渡計画の樹立、都道府県農地委員会によるるその承認、及び都道府県知事による売渡通知書の交付という、一連の三個の行政行為より成つている。したがつて、売渡の保留は、売渡計画樹立、その承認、売渡通知書の交付の各保留ということに一応考えられるが、知事は売渡通知書を交付するに当つては、実質的審査権を持たないものであるから、承認された売渡計画がある以上、必ず売渡通知書を交付することゝなる。
して見ると結局売渡の保留とは、市町村農地委員会の売渡計画及び都道府県農地委員会のその承認の保留ということゝなり、指定と売渡の保留とは別個の行為であることが明かである。
被控訴人等は独立の売渡保留処分なるものはないし、又現になされていないというが、買収農地は政府においてこれを当該農地の小作農に売渡し又は管理するものであつて、(自作法第四十六条)規則第七条の二の三の指定のあつた、農地について、市町村農地委員会が売渡保留の決定もせず、又売渡計画の樹立もしないときは、その責務を果していないといえるが、しかし、それだからといつて、売渡保留処分が存在しないことにはならない。右のような農地委員会については、農地調整法第十五条の十九、第十五条の二十九、第十五条の三十等の規定による措置をとることが認められているのであつて、これによつて売渡か保留かの決定を促すことができるのであるから、その保留決定について指定の違法なることを理由に取消を求めればよいわけである。
なお本件指示の告示に「売渡を保留する農地」とあるのは、売渡を保留することのできる農地と解すべきは、前段説明の指定の性質より自ら明かであり、したがつて又本来告示の形式によらなくても、行政庁間の内部的の通知で足るわけであるが、一般人にも参考のため、周知せしめる意味で、告示の形式をとつたものにすぎない。被控訴人等主張の通牒は、規則第七条の二の三の規定のない当時のことであり、政府においても指定と売渡保留処分とを混同していたものであつて、現に、売渡保留処分は行われているのであり、それはあくまで指定とは別個のものといわねばならないと述べた外、原判決記載の事実と同一であるから、これを引用する。(証拠省略)
三、理 由
控訴人は規則第七条の二の三による知事の指定は、行政処分でないから、取消訴訟の目的とならないと主張するから、まずこの点について判断する。
控訴人の右主張の理由とするところは、右知事の指定は、売渡を保留しうる農地の範囲を示すにすぎないものであつて、売渡の保留そのものは、関係委員会の別個の処分によつて、なされるものであるというに帰する。
しかし、もしそうだとすると、右規則所定の農地で、知事が一定の基準により、且つ慎重な手続を経て、(同規則第四項)指定したものを、関係農地委員会において、自由に売渡を保留すべきや否やを、決定することができることゝなつて、その当否は極めて疑しいといわざるを得ない。
思うに右控訴人の主張は、右規則に「………同法第十六条の規定による売渡を保留することができる」とあるに根拠を持つのであろうが、右規則は、むしろ知事の指定によつて、直ちに当該農地は売渡すことのできないものになることを、示すものと解するを相当とすべく、このことは同規則第三項が前項の期間経過後において、知事が指定農地の使用目的の変更を不相当と認めたとき、初めて政府は当該農地を遅滞なく自作法第十六条によつて売渡す旨規定しているところより見るも、これを看取することができる。
したがつてもし知事が右の指定をしたときは当該農地については売渡手続はできないことになるわけであるから、右指定の違法なる場合は当該農地の売渡を受くべきもの、又はすでに売渡を受けている者は、これによつて、直接にその権利を侵害されるわけであるから、これが取消又は無効確認を求め得るものといわねばならぬ。
よつて進んで本件知事の指定が、果して無効かどうかを案ずるに、控訴人が、昭和二十四年十月十日付県報をもつて、原判決添付目録記載の農地を含む西宮市今津第二及び第三耕地整理地区に対し、規則第七条の二の三による指定の告示をしたものであるが、被控訴人等はこれより先、自作法に基いて右農地を早くは昭和二十二年七月二日に遅くも同二十三年十月二日に売渡を受け、その所有権を取得しているものなることは、当事者間に争のないところである。(但被控訴人吉田政吉については西宮市津門呉羽町七番地田八畝十二歩の部分に対し訴の取下があつた)
しかして、右規則第七条の二の三によれば、同規則による知事の指定は、自作法第十六条による売渡前になさるべきものなることは、明かであるから、本件指定は右の規定に反するのみならず、すでに被控訴人等の所有に属し、国の所有に属しない農地を対象としたもので、法律上不能なことを内容とする処分として、ただちに違法たるに止まらず、本来無効な処分といわねばならない。
以上の説明のごとくであるから、その余の点について判断するまでもなく、右指定の無効確認を求むる趣旨においてその取消を求むる被控訴人等の本訴請求は正当であつて、本件控訴は理由がない。
よつて民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 大野美稲 熊野啓五郎 村上喜夫)
原審判決の主文および事実
一、主 文
被告が昭和二四年一〇月一〇日別紙目録記載の農地につきなした自作農創設特別措置法施行規則第七条の二の三による指定はこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、その請求の原因として、原告等は自作農創設特別措置法(以下単に自作法という)に基いて、西宮市農地委員会の定めた売渡計画により、政府から別紙目録記載の農地を同目録記載の年月日にそれぞれ売渡をうけた。ところが被告は昭和二四年一〇月一〇日付県報をもつて、右農地をふくむ西宮市今津第二および第三耕地整理地区に対し、自作法施行規則第七条の二の三によるいわゆる五年割の指定の告示をなした。しかしながら原告等は右農地を早くは昭和二二年七月二日に、遅くも同二三年一〇月二日に売渡をうけ所有権を取得しているから、このような売渡ずみの農地につき被告がなした右指定はもとより違法のものである。しかして原告等は右農地につきまだ登記を経由しておらず、かゝる際上級庁たる被告から右の如き指定がなされると、西宮市農地委員会において先になした計画を取消し、売渡を保留するおそれがある。よつて被告に対し右指定の取消を求めるため本訴におよんだ次第であるとのべた。
被告指定代理人は原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告等主張の事実関係はすべてこれを認める。しかしながら自作法施行規則第七条の二の三による指定の対象となる農地は、自作法第三条の規定により政府の買収した農地であればよく、その売渡の前後を問わないものと解すべきである。なぜならば同規定による指定をなすのは都道府県知事であり右指定に基いて売渡を保留するのは市町村農地委員会であるから(自作法第一六条および第一八条参照)、指定処分と売渡保留処分とは別個の処分であつて前後の関連はないし、かつ売渡ずみの農地につき指定がなされた場合は、その指定は市町村農地委員会がすでに売渡している農地の売渡計画を取消さない。農地委員会に対し売渡保留可能の範囲を示すものとして意味を有するからである。すなわち右指定にはなんら違法の点はないのである。のみならず被告のなした右指定は遡及的効力を有するものでなく、かつ西宮市農地委員会がこれに拘束されて右農地の売渡計画を取消さなければならないという如き、拘束力を有するものではないから、原告等の右農地の所有権は右指定によつてなんら侵害されるところなく、従つて右指定の取消を求める原告等の請求は権利保護の利益をかくものである。以上この理由により原告等の請求は失当として棄却せらるべきものであると述べた。